しろげワーク

人生万事大丈夫!

2004年08月

朝、今日仕事だった嫁さんを会社まで送っていき、その帰りに警察署に行ってきた。
朝9時だというのに、駐車場は一杯だった。
ぼくが入った時に、タイミングよく出る車があったので、そこに駐めることにした。
満車状態なのだから、さぞかし署内は賑わっているだろうと思いきや、何と一番用があるだろう交通課には誰もいなかった。
ぼく以外の人は、いったい何をしに警察署に来ていたのだろうか?
当然警察署に用がない人は駐めるはずがないのだから、それ以外の事件で来たのか?

一階にある交通課の窓口に行き、「あのう、昨日電話もらったんですけど」と言った。
応対したのは婦警だった。
彼女はぼくがそう言うと、「えっ?」というような顔をして、「どういうご用件でしょうか?」と尋ねた。
「『車庫証明の申請をしてくれ』と言って、そちらから電話があったんですが」
「ああ、車庫証明ですね。ご自分の土地ですか?」
「いえ、違いますけど」
「じゃあ借りるわけですね」
「はい」
「はい、ではこちらの書類に書き込んで、あと駐車場を管理しているところで印鑑をもらってきてください」
「で、昨日聞いた車検証の住所変更は?」
「それは陸運局で行いますので、そちらのほうに行ってください」

何かよくわからない。
昨日電話で聞いた話と、だいぶ違っているのだ。
昨日の話だと、車庫証明と同時に車検証も住所変更するように言っていたはずだが…。
それが陸運局である。
だいたいぼくは、陸運局がどこにあるのかさえ知らないのだ。
隣の建物に行けというような気安さで「そちらのほうに」と言われてもねえ。
そういえば、以前友人が軽運送の仕事を始める時に、陸運局に行くとか言っていたなあ。
確かあれは、博多だたような記憶がある。
それも博多の中心部ではなく、あまり地理を知らない場所だった。
今日一日ですべてを終わらせようと思っていたのだが、博多に行かなければならないとすると、すべての処理が終わるのは次の休みである31日になってしまう。

ぼくに今の車を売りつけた友人のオナカ君に電話をかけ、陸運局のある場所を尋ねてみた。
「博多に行かんでも、曽根にあるぞ」とのことだった。
曽根、市内ではあるのだが、周防灘沿いにある町で、響灘近くの洞海湾沿いに住むぼくにとっては異国である。
そこに行くには、車で4,50分、いや渋滞するから1時間は見ておかなければならない。
確かに博多に行くよりは近いのだが、それでも今日行くことは出来ない。
昔ならともかく、今1時間の距離を走ろうと思えば、それなりに心の準備が必要であるからだ。
ただでさえ、連日オリンピックで寝不足が続いているのだ。
これは後日回しにするしかない。

ところで、オナカ君によると、車庫証明の書き方もいろいろ制約があって難しいという。
陸運局といい、面倒なことばかりである。
そこで、ぼくはすべてを、かつてぼくに車を売りつけたオナカ君に任せることにした。
ということで、今日は書類をもらってきた以外は何もしなかった。
ぼくの車庫証明変更をお待ちのかた、もう少しお待ち下さいませ。

20040826.jpg

ブルーハワイなんかにミルクを垂らすと、こんなふうになるのだろうか?

仕事が終わってから、いつものように実家に行った。
「ただいま」
「あんた何かやったんね?」
母が真顔で言った。
「えっ?」
「さっき、警察から電話があったよ」
「警察?」
「うん。『出頭してくれ』ということやった」
「おれが何したんかねえ?」
「知らんよ。自分の胸によく聞いてみなさい」

不思議なものである。
警察と聞くと、なぜか反射的に「何か悪いことをしたかなあ?」と思ってしまう。
こういう時、なぜ「何か表彰されるようなことをしたかなあ?」と思わないのだろう。
ということで、最近あった「何か悪いこと」を思い起こしてみた。
監視カメラのあるところで、車を飛ばしたのか?
そんな覚えはない。
酒気帯び運転か?
それも記憶がない。
というより、日記に書いているとおり、飲みごとのある時は、車に乗っていかない。
一度ノンアルコールビールを飲んで運転したことはあるが、それなら今頃言ってくるはずはない。
運転中に携帯電話をかけていたのを見られたのか?
あまりそんなことはしないしなあ。
「他には…」
いくら考えても、何も出てこない。
最近あった警察がらみの『事件』と言えば、拾った免許証を交番に届けたことくらいしかない。

「何も覚えがないよ」
「何もないのに、警察が電話してくるはずはないやろ」
「ちょっと電話して訊いてみる。何課からかかったんかねえ」
「交通課」
やはり交通課だったか。
ぼくは若干ビビりながら、電話番号を押した。

「もしもし、交通課お願いします」
「はい、交通課ですが」
「しろげしんたといいます。先ほど、電話もらったらしいんですが…」
「ああ、しろげさんですか」
「何かしましたかねえ?」
「えっ?いや、車庫証明の件なんですけど」
「車庫証明?」
「ええ、今の車、車庫証明の変更してないでしょ?」
「車庫証明の変更…?」
「今の車、Oさんのところで申請したでしょ?」
「Oさん…。ああ、そうです」
「今そこは使ってないでしょ?」
「ええ、今の家に移った時に解約しました」
「先日、しろげさんが駐めていた場所で、車庫証明の申請があったんですよ。それで調べてみると、しろげさんが変更してないことがわかって…」
「ああ、そうだったんですか。で、どうしたらいいんですか?」
「署に来て変更して下さい。おそらく車検証も住所変更してないはずですから、それも変更してもらわなければなりません」
「いつまで行ったらいいですか?」
「先方が待ってますから、なるべく早くお願いしたいんですが」
「何か持って行くものありますか?」
「印鑑と車検証のコピーを持ってきてください」
「わかりました」

電話が終わり、「大したことやないやん」と振り返って母を見ると、母は腹を抱えて笑いだした。
すべて知っていたのだ。
あいかわらず意地の悪いばあさんである。
ま、この子にしてこの親ありということか。
一本取られたわい。

20040825.jpg

もちろん空の写真ではあるが、見ようによっては、背後から月が迫っているように見える。

取引先に大の阪神ファンがいる。
彼は大阪出身だから、根っからのファンである。
昼間、ぼくが居眠りをしている時に、その人がやってきた。
そこで、意地悪いぼくはこういう質問をしてやった。
「ウィリアムスが日本チームを押さえてよかったねえ。これで残り試合は大丈夫。2年連続優勝も夢じゃない。嬉しいやろ?」
その人は「うーん」とちょっと考えるしぐさをした後、こう答えた。
「複雑な気分ですねえ」
「複雑?じゃあ、もし日本チームがウィリアムスを打ち崩したらどうやった?」
「うーん」彼は考え込んだ。
そして「やっぱり複雑ですねえ」と答えた。
こういうもんだろうか。

そこでぼくは、この状況を無理矢理ダイエーホークスに置き換えてみて考えてみた。
例えば、ズレータがパナマ代表としてオリンピックに出場し、準決勝で日本チームと対戦することになった。
日本側のピッチャーは、同じホークスの和田。
9回裏、3点のビハインドを追うパナマチームは好投和田を攻め、2アウトながらも満塁のチャンスを作った。
一打逆転サヨナラの場面、ここでパナマチームは、代打にフリオ・ズレ-タを送った。
ズレータは和田のスライダーについて行けず、2ストライクと追い込まれた。
ところがその後、和田の制球が突然狂い、3球続けてボール。
そして和田の126球目だった。
失投。得意のスライダーが甘く入った。
ズレータはこれを逃さず、センター・バックスクリーンに特大の逆転満塁サヨナラホームランを叩き込んだ。

さて、仮にこうなったとして、翌日誰かに「どう思うか?」と訊かれたら、果たしてぼくはどう答えるだろうか?
先の取引先の人のように、「複雑ですねえ」と答えるだろうか?
いや、決してそうは答えない。
きっと、「悔しい。素直に悔しい」と答えるだろう。
だからこそ、銅メダルで「良し」と出来ないのだ。
「金メダル以外はいらんから、今日の和田の登板はやめさせろ。早くホークスに戻してくれ」と、昼間のラジオで言っていた。
これがプロ野球ファンの多くの人の本音だろう。
阪神ファンとて、別にオーストラリアに優勝してもらいたいとは思わないだろう。
きっとウィリアムスにも、早く帰ってきてもらいたいはずだ。

20040824.jpg

肉眼ではもっと大きく見える。
やはり見たとおりには写らないということか。

『…しかも、阪神の最後に出てきたウィリアムスはホークス選手の嫌いなタイプのピッチャーだ。
おそらくホークスの選手は打てないと思ったが、案の定そうなった。
ああいうピッチャーは、フォアボールなどでじっくりランナーをためてから、自爆を招くのを待ったほうがいいと思う。…』(2003年10月23日)
『…しかし、ウィリアムスは打てんなあ。
敵ながら本当にいいピッチャーだと思う。
バルデスなんか、昨日から何回三振しているのだろう。
もしかしたら…
これはぼくの勝手な推測だが、ウィリアムス対策を最後の最後に取っているのではないだろうか。
そうであれば、城島の凡退やバルデスの連続三振もうなずける。
いや、ぜひそうであってほしい。
とはいうものの、やはり王監督も言っていたように、とにかくウィリアムスを投げさせない展開が望ましい。…」(2003年10月24日)

昨年の日本シリーズ第3・4戦の時に書いた日記である。
ダイエー打線は、ウィリアムスにさんざん苦しめられている。
で、今日のオリンピック対オーストラリア戦、7回にウィリアムスが登場してからは、日本打線はまったく打てなかった。
王監督が言ったように、ウィリアムスを投げさせない展開が望ましかったのに。

昨年の日本シリーズで解説者が言っていたが、ウィリアムスのようなタイプのピッチャーは、パリーグにはいない。
だからパリーグの選手がウィリアムスを打てなくても、何の不思議はない。
それは城島を見てもわかる。
昨年からまったくウィリアムスを打ててないのだ。
ここは、ウィリアムスといつも対戦しているセリーグの選手に、何とかしてもらいたかったのだが、
昨年ダイエーが優勝できたのは、福岡ドームの試合で、ウィリアムスを投げさせない展開が出来たからだ。
簡単に言えば、今回日本が負けた理由はそれが出来なかったからだ、ということになるだろう。

昨日の日記を書き終えてから、「さあ寝ようかな」と思っていた時だった。
突然電話が鳴った。
母である。
「今日、JRに乗って遠出するんよね。悪いけど駅まで送ってくれん?今から歩いていっても間に合わんとよねえ」
「何で起きとうことがわかったと?」
「昨日、『明日休み』と言いよったやろ」
「うん」
「あんたのことやけ、どうせオリンピック見ようやろうと思ってね」
母恐るべし。
よくわかってらっしゃる。
そこまで読まれていては、送っていかないわけにはいかない。
「じゃあ、今から迎えに行くけ、外に出て待っとって」
電話を切ってから5分後、実家に着いたぼくは、母を車に乗せ駅へと向かった。

途中寄り道したので、帰ってきたのは7時を過ぎていた。
さっそく寝ようかと思ったのだが、テレビにアニマル浜口が出ているではないか。
「これは見なければ」と思い、8時近くまで見ていた
それから寝たのだが、起きたのは11時だった。
その間何度も目がさめているから、睡眠時間は実質2時間くらいのものだった。

【1】
今、夜中の3時である。
まだ起きている。
今日は、女子レスリングを見てから寝ようと思っていた。
が、それが終わると体操競技があるというではないか。
明日が休みなので、これは見ないわけにはいかない。
注目は、地元九州共立大の中野選手が登場する平行棒である。
とりあえず、今日はそれだけ見て寝ることにする。

【2】
今、夜中の3時50分である。
平行棒、冨田は惜しくも銀だった。
が、素人目だと、着地で揺れたトップの選手よりも、ノーミスだった冨田のほうがいいように見えたのだが…。
一方、ぼくの期待した中野は、残念ながらメダルに手が届かなかった。
とはいえ、3位の選手と比べても見劣りはしなかった。
いや、これもぼくには中野のほうが上に見えたのだ。
あの高さからの月面がどれだけ難しいものなのか、審査委員もわかっているだろうに。
しかし、そのへんはいろいろ決まり事があるのだろう。
深くせんさくしないことにする。

【3】
ところで、女子レスリングだが、金メダルを取った二人はともかく、ぼくが特に印象に残ったのは、2位の伊調姉のふてくされた顔と、3位の浜口の笑顔だった。
いくら順位が上だとはいえ、最後に負けて表彰台に上がるのと、一度は負けたものの最後に勝って表彰台に上がるのでは、こうも違うものなのだろうか。

田村亮子のオリンピック初出場はバルセロナ大会だったが、その時田村は銀メダルを取った。
初出場、しかもその時彼女は16歳だったから、銀は大健闘である。
ところが表彰台に上った田村は、笑顔一つ見せなかった。
それを見たその時の金メダリストは、「あなたは銀を取ったのに、どうして嬉しそうな顔をしないのか?」と訊いたというが、これが逆の立場だったら、その人も同じような顔をしたのではないだろうか。
格闘技で味わう敗北感は、他の競技とは比べものにならないほど強いものがある。
それは、格闘技の起源が戦(いくさ)にあるからだ。
つまり、負けは死を意味するということである。
そんな死に等しい敗北感を抱えたまま、表彰台に上がるのだから、選手はふてくされたくなるもなるだろう。
インタビュアーは大変である。
そんなふてくされた銀メダリストたちにも、「おめでとうございます」と言ってインタビューしなければならないのだから。
神経遣うだろうなあ…。

【4】
さて、そろそろ外の音がうるさくなってきた。
時計を見ると、もう6時を過ぎている。
4時過ぎに一度寝かかったのだが、結局今まで起きていた。
午後からは野球もあることだし、このへんで寝るとするか。

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