しろげワーク

人生万事大丈夫!

 先週スーパーに行った時、嫁さんが「これ」と言って、棚に並べてあるメロンを指差した。何だろうと見てみると、そこに体長7センチほどの銀ヤンマが、貼り付くようにしてとまっていた。

 トンボは外から入ってきたのだろうが、そのスーパーに入るには、内外二つの自動ドアを通り抜けなければならない。おそらくそのトンボはその二つのドアが同時に開いた瞬間に飛び込んだのだろう。

 しばらく店内を飛び回った後、トンボは店の外に出ようとした。ところが、彼は人間の建物の仕組みなんて知らないから、外へ出ることが出来ない。仮に知っていたとしても、体長7センチではセンサーが反応しないから、ドアは開かない。困った彼はメロンにとまって、外に出る策を講じていたのだろう。

「放っておいたら、店内で死んでしまうだろう」
 そう思ったぼくは、トンボを救出してやることにした。
 昔とった杵柄で、トンボを捕まえるなんてわけないこと。息を殺して近づいて、そっと羽根をつまんで捕まえ、そのまま外に出た。

 さて、外には出たものの、彼を逃がす場所がない。一面駐車場なので、適当に手放すと危険だ。仕方ないので、駐車場から一番遠く離れた場所にある、ベンチの背もたれの縁に彼を置いた。救出成功である。

 ところが、トンボは飛ぶ意思がないのか、メロンの時と同じように動く気配がない。その後しばらく彼を見ていたのだが、ずっと同じ体勢だ。
「もしかしたら、そのまま死ぬかもしれないな。でもスーパー内の人間臭さの中で死ぬよりは、自然の風の中で死んだ方が遥かにましだろう」
 そう思いながら、ぼくはベンチをあとにした。

 ネズミは嫌いな生き物だ。子供の頃、家の中に突然大きなネズミが現れたことがある。びっくりしたのと、初めてネズミを見る怖さで、しばらくそこから動けなかった。以来ずっとそれを引きずってきたのだ。
 以前勤めていた会社でのこと。ロッカールームを掃除していた女子社員たちが、
「ロッカーの隅に、こんなのがいました」
 と言って、ティッシュの包みを持ってきた。
 開いてみると、そこには毛の生え始めたネズミの赤ちゃんが入っていた。死んでいるのかと思ったら、まだ生きていてクニクニ動いている。それを見た瞬間、子供の頃から引きずっている恐怖心が走った。
 彼女たちはこちらの気持を察してくれず、ご丁寧にネズミをティッシュに入れたままぼくの手のひらに乗せ、
「これ始末して下さいね」
 と軽く言った。
『始末』、いくら嫌いな生き物だとはいえ、殺生はしたくない。ということで、それを近くの草やぶに捨てに行ったのだった。ティッシュ越しに伝わるクニクニ感と細かな温もり、あの時の気持ち悪さといったらなかった。

 小さな頃からネコが好きで、道ばたでネコを見つけると捕まえて、頭を撫でたり、首をこちょこちょしたり、抱き上げたり、彼らの迷惑をかえりみず、したい放題の愛情表現をやっていた。
 年をとってからは、多少ネコの気持ちもわかってきたので、したい放題はしなくなった。しかし相変わらずネコを見ると近寄って触ってきた。
 昨夜のこと、夜道を歩いていたら、街灯の下でネコが佇んでいた。いつもの調子でさっそく触りたくなって、彼に近寄ろうとした。ところが彼は、こちらをまったく気にしてない様子で、姿勢を崩さずにずっと前を見ている。こちらが呼びかけても知らん顔だ。
 今まではそれでも近寄って触っていたのだが、昨夜はそれを躊躇した。これもコロナの影響なのか。

 職場でテレビを見ていたら、おいしそうなパスタの店を紹介していた。場所を見ると隣の区になっている。
『近くだし、今度行ってみるかな』
 などと思っていると、ちょうどそこを通りかかった職場の女の子が、
「しんたさん、この店、どの辺にあるんですか?」
 と聞いてきた。

 チンチン電車が走っていた二十数年前なら、
「○電停で降りたら見えるよ」
 と説明するだけで通じたのだが、電車が廃止になった今はそれでは通じない。そこで、
「○町でバスを降りて、東に少し歩くとXパチンコ○店がある。そのパチンコ屋の前の信号を左側の歩道に渡って、南に歩いて行ったらいいよ」
 といちいち説明したのだった。
 時代の流れは、ちょっと面倒である。

 今は昔、宇治拾遺物語を読んでいる時に、ぼくは『かはつるみ』という言葉を見つけた。
「どういう意味だろう?」と思ったものの、「読んでいくうちに、わかってくるだろう」ということで注釈は見ず、言葉の意味がわからないまま読み進めていった。
 途中まで読んでいって、ようやく意味が理解できたぼくは、思わず叫んだ。
「何じゃこれ!」
 以来ぼくは古典の虜になった。

 嫁さんがバスに乗っている時のこと。信号待ちの時に何気なく窓の外を見ていると、隣の車の運転手の腕が激しく震えているのが見えた。最初は、
「何か病気を持っているのかな」
 と思って見ていたのだが、腕は発作的ではなく健康そうにリズムよく動いている。
「おかしいな」
 と思った嫁さん、身をそらして車の中を見てみると、何と運転手は『かはつるみ』の真っ最中だったのだ。ダッシュボードには、大きなティッシュボックスが置かれていたという。

 ところで、もし信号が青に変わり、『かはつるみ』をしながら発進したとしたら、果して彼は『ながら運転』に問われるのだろうか?「かはつるみ男に懲役6ヶ月」なんて記事が、新聞に載ったら恥ずかしいです。

1,
 最近あまり書かなくなったが、ぼくは相変わらず神仏を拝んでいる。毎朝神棚に向かって柏手を打ち、毎晩仏壇に手を合わせ、昔ながらの真摯な日本人を演じている。
 だが、狙いは御利益だ。そこは現代の日本人だから、見返りがないと動かないというわけだ。つまりぼくは、『花咲か爺さん』や『おむすびころりん』に出てくる、隣のよくばりじいさんなのである。
 いつかバチがあたるのかな。

2,
 考えてみたら、御利益なんて一勝一敗なんだな。困ったことがあると拝む。拝んだら解決する。いつもその繰り返しだ。本物の御利益なら、困ったことなど起きないはずなのに。
 とはいえ、困ったことが起きないと、人は神仏を尊ぶことをしなくなる。そのへんの呼吸を神仏は心得ていて、適度に困ったことを人に押しつけては、自分らに目を向けさせるように仕向けているのだろう。

ある人との会話の記憶をたどる時
さりげないひと言の中にその人が
人生を左右する程の大きな意味を
込めていたのに気づくことがある。
もしその時に意味を捉えていたら
違う道を歩んでいたかも知れない。

1,狐のしわざ
 最近、日本の古典を読んでいるのだが、昔の日本人は何か恐ろしいことや不可解なことが起こると、「あれは狐がやってるんだから、大したことはない」と自分に言い聞かせて、心を乱さないようにしていたらしい。
 きっと昔の日本人は、「狐のしわざ」を日常的なこととして捉えていたのだろう。だから「狐のしわざ」を怖がらなかったのだ。
 一方現代の日本人は、「狐のしわざ」をタブー視している。なぜなら科学で解明されてないからだ。だから「これは狐のしわざだ」と言われると、心を乱すに違いない。

2,秋の虫
 秋の虫が鳴いている。と言っても、虫は秋に入ってから急に鳴き始めるわけではない。実は夏から鳴いているのだ。それに気づかないのは、心の中が暑さでいっぱいになっているからだ。
 秋に入ると暑さを厭う心が去って、空っぽになった心の中に虫の音が染みてくる。今はそんな季節だ。

3,夜の秋
 例年はお盆を過ぎた頃から、秋を感じることが多いのだが、今年はお盆過ぎどころか、9月に入ってからもそういう気配が感じられなかった。
 ようやく「秋が来てるな」と感じたのは、先日の台風が過ぎた後だ。エアコンを入れなくても夜を過ごせたのだ。
 昔は、タオルケットから夏布団に変えることで夜の秋を感じたのだが、今はエアコンの入り切りか。時代ですね。

4,ヒグラシの声
 先日、この辺りでは滅多に聞くことの出来ないヒグラシの声が、なぜか前の公園でしていた。誰かが山で捕まえてきて、公園に放ったのだろうか。それとも誰かが公園にラジカセを持ち込んで、ヒグラシの声を大音量で鳴らしていたのだろうか。いや、もしかしたらこれは「狐のしわざ」なのかもしれない。
 ところで、「カナ、カナ、カナ」と鳴くと言われるヒグラシの鳴き声、ぼくの耳ではどう工夫しても「ヒ、ヒ、ヒ」としか聞こえないのだ。ぼくの耳がおかしいのだろうか、それとも「カナ、カナ」と聞くコツでもあるのだろうか。

 かつて『サザエさん』は、日曜日の終わりを告げるアニメではなく、一日の始まりを告げるマンガだった。
 昭和20年代から昭和40年代にかけ朝日新聞を取っていた人にとって、『サザエさん』とはそういう存在であるのだ。

 物心ついた頃、ぼくはすでに朝日新聞朝刊で連載していた『サザエさん』を読んでいた。だから昭和44年に始まったアニメの『サザエさん』よりも、四コママンガの『サザエさん』の方に今でも愛着を持っている。

 小学生の頃は、その日にあるテレビマンガなどを番組欄で確認し、西鉄ライオンズ試合結果と贔屓力士の取り組みの結果をスポーツ欄で確認し、最後に一番の楽しみにしている『サザエさん』を読むのを習慣としていた。

 四コママンガの『サザエさん』は、内容の深い作品が多くあるのだが、リアルタイムで読んでいた頃はそんなことがわかるはずもなく、ただクスッと笑えたら満足だった。

 当時夕刊もセットで取っていた。当時夕方のマンガは『フジ三太郎』だった。しかしサラリーマン向けなもので、小学生のぼくには『サザエさん』より難しく感じていた。『フジ三太郎』が朝日の朝マンガになったのは、『サザエさん』が完全に休載してからだった。

 今までぼくが生まれて初めて読んだマンガは、カッパコミック版の『鉄腕アトム』だとばかり思っていたが、朝日新聞の『サザエさん』の存在を忘れていた。物心ついた時にはすでに『サザエさん』に親しんでいたわけだから、当然『鉄腕アトム』よりも前のことになる。履歴を書き換えなければならない。

 現在朝日の文庫版を全巻持っているが、『サザエさん』といえばやはり姉妹社版だ。すでに姉妹社はなくなっていると聞いたのだが、あのオリジナル版の『サザエさん』はどうなったのだろう。
「会社とともになくなったのだろうか。それともまだ売っているのだろうか?」
 そう思って調べてみたら、何と朝日新聞から復刻版が出ているではないか。それも今年の4月から毎月3巻ずつ刊行しているようなのだ。全部で68巻、1冊880円らしい。買おうかな。

 『不幸の手紙』という名のハガキが届いたのは、ぼくが中学1年の時だった。
 詳しい文面は忘れたが、「〇日以内にX人の人にこれと同じことを書いて送って下さい。そうしないと、あなたに不幸が訪れます」といった内容だった。

「変なハガキが来とるよ」
 と、ぼくは母に言い、内容を伝えた。
「気持ち悪いね。誰から来とると?」
 と、母が聞いた。そこで表面の差出人のところを見たのだが、何も書いてない。その時、
「えっ!?」
 思わずぼくは声を上げた。
「どうしたと?」
「宛名がお父さんになっとる。もう不幸は終わっとるやん。これ出した奴、馬鹿やねえ」
 父は、その手紙を受け取る9年前に他界していたのだ。

 しかし、この手紙を出した時、その人はどういう心境だったのだろうか。父を「困らしてやろう」と思っていたのだろうか。それともX人の数合わせで仕方なくだったのだろうか。いずれにしても、自分に弱い人だったんだろうな。
 一方、自分に強い母は、躊躇せずハガキを破いてゴミ箱に捨てたのだった。あれからだったな、我が家にちょくちょく小さな幸運が訪れるようになったのは。

1,
 P君がある人に今回の長崎行きのことを相談した時の会話。
「今回の台風は、通り過ぎた後も、吹き返しが凄いらしいよ」
「吹き返しって何ですか?」
「えっ、あんた台風のこと知っとると?」
「いえ、勉強してないっす」

2,
 この間、ぼくが仕事をしている最中、P君が困った顔をしてぼくに聞いて来た。
「しんたさん、午前0時は夜中の12時のことですか?」
「あんた、そんなこともわからんと?」
「ええ、勉強してないっす」

3,
「しんたさん、『しんみや』ってどこですか?」
「地名?それとも店の名前?」
「地名です」
「どういう字?」
「こうです」
 と言って、『新宮』と書いた。
「・・それは『しんみや』とは読まん。『しんぐう』と読む」
「ああ、『しんぐう』っていうんですか」
「『しんぐう』って、聞いたことないと?」
「ええ、勉強してないっす」
 ※『新宮』・・福岡県糟屋郡新宮町。福岡市の隣りにある町。『新宮中央』や『筑前新宮(現在の福岡工業大前)』というJRの駅があったり、九州唯一のIKEAがあったり、長渕剛がCM曲を歌う『新宮霊園』があったりするので、福岡県民なら勉強しなくても知っているはずだ。『しんみや』なんて読み方をするのは、漢字を知らない小学生以下を除いては、P君くらいしかいないだろう。東京に住んでいる人が、『新宿』を『しんやど』と読むのと同じことなんだから。

4,はずだ
 結局、P君は予定通り7日に長崎に行ったという。こちらを出発したのは夜だったらしい。
「長崎市に着いた時には、風吹いてませんでしたよ」
「そうなん。で、チャンポンとか食べたんね?」
「いや、食べませんでした。でも、ハンバーガーは食べました」
「え、あんた長崎市に行ったんやろ?」
「ええ行きましたよ。佐世保という所に」

このページのトップヘ