しろげワーク

人生万事大丈夫!

 3月5日。夜7時頃、部屋に入ると何か気配がする。少し窓を開けて覗いてみると、先日のつがいがいた。三度も水をかぶせられたのに懲りてない。
 例のごとくぼくは風呂場に行き、バケツに水を汲んでくる。窓を大きく開け、水をかけようとすると、一羽がいない。が、とりあえず一羽に向けて、水をかけた。もう一羽はというと、手すりに移動していた。おそらく状況を見ていたに違いない。そして状況確認後、飛んで行った。
 床が濡れているので大丈夫とは思ったが、念のために木酢液を撒いておく。その日鳩は現れなかった。

 3月6日。朝も鳩は現れなかった。いちおう木酢液を撒いておく。
 夜7時過ぎ、家に帰って窓を開けてみると、室外機の隅に一羽の鳩が隠れていた。バケツに風呂水を考えたが、『今日はあれを試してやろう』と、先週買った水鉄砲を持ってきた。ところが鳩がいない。『逃げたかな』と周りを見回してみると、ぼくの位置から死角になる所に動きを感じた。そこでぼくは窓から体を乗り出して、水鉄砲を構え発射した。水は鳩の背中に命中した。鳩は慌てて飛んで行った。
 この日の鳩は、おそらく前日の状況を確認していた鳩だったのだろう。死角に逃れたのは、その場所にぼくがバケツの水をかけなかったからだ。仮にそこに水をかけると、階下の駐車場に落ち、車を直撃てしまう。だから出来ない。奴はそれを察していたのだ。わりと賢いじゃないか。
 しかし奴はこちらの水鉄砲の存在を知らなかった。今後もしこのことを奴が学習して、これを避けるようになったとしても、こちらは『独りぼっち作戦』という秘策を用意している。覚悟しておくんだな、鳩くん。

 3月3日。朝、前日買った木酢液のスプレーをベランダ中に撒いておく。その効果があったのか、翌日4日も、鳩は来てない様子。しかしまだ油断は出来ない。部屋から1メートルも離れてない場所に、病原菌を持った生き物がいる。それって嫌でしょう。どうにかして、それを阻止しないと。

 さて、追っ払っても追っ払っても、何事もなかったような顔をして舞い戻ってくるつがいの鳩を見て、かつて読んだ、つげ義春さんのマンガ『李さん一家』を思い出す。
 引越して来た主人公の家に、しばしば見知らぬ人が迷い込んで来るようになり、そのうちその人の一家が主人公の家の二階に住みついてしまう。という話だ。
 つげさんのマンガには迷惑がっているような描写はないが、鳩が住みつくのでさえ迷惑なのだから、かなり迷惑に違いない。
 その物語の最後はこうなっている
「(僕の優雅な生活におし入って来た/この奇妙な一家がそれからどこに行ったかというと)実はまだ二階にいるのです」
 ぼくの家の場合だと
「実はまだベランダにいるのです」となるか。

 2月26日。朝、さすがに鳩は来てなかった。その日ぼくは休みだったので、何度も窓を覗いたが、昼過ぎまで鳩は来なかった。
 昼からぼくは、前回行ったホームセンターより少し離れた場所にある別のホームセンターに行き、鳩よけグッズを探した。が、そのほとんどが畑や庭などの土に用いるもので、ベランダ向きのグッズはなかった。
 夜7時頃、窓を見た。
「えっ!?」また来ている。その日は一羽。
 さっそくぼくは、バケツで風呂水を汲み上げてきて、前日同様その水を鳩の頭の上からぶっかけてやった。その鳩も、ベランダから飛び降りていった。

 2月27日。朝、鳩は来なかった。
 夜、仕事帰りにおもちゃ屋に寄り、水鉄砲を買って帰った。脅しにはなるだろうと思ったのだ。
 帰ってからさっそくそれに水を入れ、水鉄砲を構えた状態でそっと窓を開けてみた。ところが鳩はいなかった。仕方がないので、新たな糞に水鉄砲の水を振りかけておいた。

 2月28日。この日の朝も鳩は来なかった。ネットで、鳩はミントのにおいが苦手ということが書いてあったので、前日買った水鉄砲に水で薄めたマウスウォッシュを入れ、散布しておいた。
 夜、夕方から夜にかけてベランダを見てみたが、鳩は来てなかった。今日はもう来ないだろうと思ったものの、9時過ぎ、念のためにベランダを覗いてみた。
「っ!!」 
 最初に水をぶっかけた二羽の鳩が、また戻ってきていたのだ。
『鳩は馬鹿なのか?』
 ぼくはそう思いながら、前と同じく、鳩の頭の上からバケツで水をぶっかけた。奴らはまたベランダから飛び降りていった。

 3月1日。朝、窓を開けて確認したが、前夜鳩のいた場所に鳩は来てなかった。ところが、ぼくが窓を閉めようとした時だった。二羽の鳩がベランダの手すりに止まろうとやってきたのだ。ぼくは窓を叩いて脅しをかけ、マウスウォッシュを薄めずにそのままベランダ中にばらまいた。
 夜、鳩はいなかったが、一応用心のためにベランダに水を撒いておいた。この日は夜中も来てなかった。

 3月2日。朝、前日の夜から雨が降り、また風が強く吹いていたせいか、来てなかった。
 昼から嫁さんと鳩よけのグッズを買いに行く。鳥よけネットや鳩の嫌がる臭いのするスプレーなど、いろいろなグッズが置いてあったが、ネットは管理会社のほうでやってくれるので、スプレーだけ買ってきた。
 外は相変わらずの雨風、この日は夜になっても鳩は来なかった。とりあえずベランダ中に鳩の嫌がる臭いを散布しておいた。


 12月下旬。我が家(マンション)の上の階に住む奥さんが聞いてきた。
「おたくのベランダに鳩は来ないですか?」
「いいえ、来ないですよ」
「最近うちに来るようになったんですよ。気がついたら糞がいっぱいになっていて。今度管理会社に言おうと思ってるんです」
 奥さんが帰った後、ぼくはベランダを覗いてみたが、糞などは見当たらなかった。

 1月中旬。マンションの理事会でその件が議題に上がる。

 2月中旬。理事会での検討の結果、鳥よけネットを張ることになったが、施工日は未定。
 その頃から時々ではあるが、うちにも鳩の鳴き声が聞こえるようになった。
 
 2月22日。朝、そのベランダのある部屋を掃除していると、外から「クークー」という鳩の鳴き声が聞こえてきた。窓を見てみるとそこに二羽の鳩がいた。ぼくが窓を開けると、奴らは驚いて逃げて行った。
『もしかして』と思い、ベランダを見てみると、何とたくさんの糞が溜まっているではないか。そのベランダはエアコンの室外機を置くためだけの狭い場所で、出入口があるわけではなく、外に出るには窓の内側についている転落防止棒を外さなければならない。面倒なので、別の日に掃除しようと思い、その日は窓からバケツで水を流しておいた。

 2月23日。朝、鳩が手すりに止まっていたので、窓を叩いて威嚇。鳩、慌てて逃げる。
 近くのホームセンターに行き、鳩対策のグッズを探してみたが、見当たらなかった。

 2月24日。朝晩鳩は来なかった。
 夜、嫁さんが洗浄機を買ってきた。翌日が休みなので、それでベランダを掃除洗浄するのだという。

 2月25日朝、窓の外を覗いてみたが、鳩は来てない様子。
「では洗浄お願いします」と言って、ぼくは仕事に出かけた。
 夜、家に帰ってから嫁さんに、
「洗浄した?」と聞くと、
「古い掃除機で乾いた糞は取ったんだけど、今日は洗浄してない」と言う。
「じゃあ、いっしょの休みの日にやるか。で、鳩は来た?」
「さあ?」
 部屋の照明はつけず、窓を開けてベランダを覗いてみた。
「おるやん!」
「えっ!?」
 エアコンの室外機の横に、鳩が二羽、うずくまっていた。ぼくの声で目が覚めたようで、寝ぼけたような顔をしてぼくを見上げた。
「水持ってきて」
 嫁さんはバケツに水を入れて持ってきた。ぼくはそれを受け取ると、鳩の頭の上から水をぶっかけてやった。びっくりした鳩は、ベランダから飛び降りていった。


それは頭のすぐ上を飛んでいる、
だけどぼくの手はそこに届かない
それは小さく光る粒の隊列だ
だけどぼくの目は見失ってしまう
それは大きくもあり小さくもある、
だけどぼくの知能は理解できない 

未開な生物であるぼくは
それをどこまでも追いかけていく
そして坂道で追いつこうとした時
それは忽然と消えていった


目の細かい網戸の中に
映る画像をぼくらは
現実だと思っている
あの街もあの人も
この街もこの人も
みんなみんな
現実だと思っている
だけどちがうんだな
電気がないと
あの街もあの人も
この街もこの人も
やって来ないんだから

目が覚めて窓の外を見ると
嬉しくなるような日射しが
少し早い春を包んでいます

とってもいい一日なんだと
甲高い声を張り上げて
公園の鳥が朝を歌っています

普段はうるさい建設現場の
鉄骨を組んでいる音でさえ
今朝はなぜか心地よいのです

外は暖かいのか寒いのか
きっと暖かいに違いないけど
まだまだぼくは出たくないのです

 日本盤のアルバム・タイトルは、「美しすぎる遺作」だった。文字通りこのアルバムはジム・クロウチの遺作になったわけで、73年に彼はこのアルバムをレコーディングしてから一週間後に飛行機事故で亡くなっている。

 ぼくがこのアルバム、というかこの人の音楽を聴いたのは、その翌年74年が初めてだった。FM福岡でこの人の特集をやっていたのだ。
 まず声が当時好きだったジョン・デンバーに何となく似ていて、親しみを感じた。聴いていくうちにだんだんのめり込む。そしてその中の一曲『歌にたくして』を聞いて俄然気に入り、レコード屋に走ったのだった。。
 このアルバムの他に、彼のレコードは2枚ほど出ていたのだが、そのレコード屋さんには置いてなくて聴くことが出来ない。当時は今みたいにネットで手軽に聴くことも出来ない。結局この人の音楽は購入したこのアルバム一枚を聴くだけに留まっていた。

 あれから46年が経つ。Amazon Musicで彼の名前を見つけ、彼の音楽を聴きたくなったのだ。いちおうそこの会員になっているので、購入せずにストリーミングで聴くことが出来る。
 さっそく聴いてみると、このアルバムはもちろんのこと、その他のアルバムも良く、すごくリラックスできる。

 ということで、今日は彼の歌声をお供に、聴き歩きいたしました。

 お久しぶりです。元気にやってますか?
 こちらはあいかわらずで、あの頃とは違った住みにくさを感じながら過ごしています。あの頃は自我による住みにくさだったけど、今は年齢による住みにくさなのです。どちらも住みにくいことには変わりないけど、どちらかというと今の方が肩身狭く感じます。そちらの世界は自我がないらしいし、年も取らないと聞いているので、きっとそんなことはないのでしょうね。
 さてぼくは先日、大病と呼ばれている病気で入院したのです。しかしいたって元気という診断を下され、すぐに退院させられました。ということで、当分そちらに行けそうにありません。それでお願いなんですが、せめてぼくがそちらに行くまでは、こちらに戻って来ることはしないでください。あれからのことをじっくり聞きたいし、こちらもじっくり話したいし、こちらの世界でやっていたように、じっくり飲みたいですからね。
 それではまた、手紙書きますね。

 午後2時から聴き歩きを始める。最初に聴いていたのは、はっぴいえんどのアルバム「風街ろまん」だったが、10曲目の『颱風』のイントロのハーモニカの音を聴いた途端、ボブ・ディランのアルバム「Jhon Wesley Harding」が聴きたくなり、切り替える。

 高校時代からそうなのだが、ぼくは冬になると、なぜかボブ・ディランが聴きたくなる。そしていつも聴いている。もう40年以上もこれを繰り返しているのだ。ちなみに秋はビートルズだ。春夏は特にない。

 さて、そのアルバム「Jhon Wesley Harding」だが、これと言って好きな曲があるわけではない。強いて上げるとすれば『見張塔からずっと』ということになるだろうか。ぼくはそのタイトルでこのブログの記事を書いたことがあるわけで、いちおう意識はしている。
 ではそこまでお気に入りの曲がないのに、何で今日このアルバムを聴きたくなったのかというと、このアルバム全体の雰囲気が好きなのだ。アコースティックギター、ハーモニカ、ベース、ドラムだけのシンプルな楽器構成で何か落着くんだな。下手なエレキギターで音楽を乱してないのがいい。

枯葉2

 冬の訪れを嫌がるかのように、枯葉が枝にしがみついている。やっぱり冬は嫌だな。

 眼科に行くのは、小学生の頃に疑似トラコーマで一度、中学生の頃にも同じく疑似トラコーマで一度、二十代後半に瞼裏にものもらいが出来て一度、それと今回、生涯併せて四度目になる。

 病院に入って感じたのは、さすがに目の病気は直接命に関わらないので、待合室にいる患者さんも、先月入院していた総合病院の患者さんと比べると、どこかのんびりしている。そののんびりの中で居眠りしている時に、ぼくの名前が呼ばれた。

 診察室で目に光を当てるなどして検査。そして先生が病名を告げた。
「サンリュウシュですね」
「何ですかそれ?」
「俗に言うめいぼです」
「めいぼですか、でも痛くないですよ」
「そうですね。この手のめいぼは痛みを伴いません」
「そうなんですか」
「既にめいぼは治ってるんですけどね」
「えっ、治ってるんですか?」
「はい、治ってます。でも芯が残っているから、腫れたようになっているんです」
「じゃあ、ずっとこのままなんですか?」
「半年くらいしたら小さくなると思いますよ」
「半年もかかるんですか?」
「切開して芯を取れば早く治るんですけど、それをしたがる人はほとんどいません。今回は目薬で治しましょう。早く治ると思います」

 ということで、およそ三ヶ月間気になっていた眼病は、既に治っていた『めいぼ』と判明。二ヶ月分の目薬をもらったので、もしそれで腫れが引かなければ、年明けにまた目医者に行かなければならない。次は生涯五度目になる。

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